授業が終わり、放課後のこと――。
 穏やかな日差しが、図書室の白いカーテン越しに降り注ぎ、時折、ふわりと優しい風が舞い込んで
来る。
 今日は、図書室も人が少なく、いつにも増して、静かな時間が流れていた。
 朔夜と唯は、二人肩を並べて、図書室の机に向かって、課題に取り組んでいた。
「あーっ、こんな日に図書室に缶詰なんて嫌ーっ!!こんな日は、外で気持ちよくバイオリン
 弾きたい!!」

「仕方ないだろう?近々、テストがあるんだから。点数が悪かったら、ガッツリ先生が補講する、って
 言っていたんだから、そっちの方が嫌だろう?」

 はいはい、と窘めるように、朔夜は唯の言葉を受け流す。
「それに……夜遅くまで練習するのはいいけれど、授業中にうたた寝していた君にも責任はある
 だろう?」

「う……。」
 手厳しい朔夜の言葉に、唯はぐうの音も出ない。
「ほら……終わったら、バイオリン弾きにいこう。今日、やるべきことを終わらせたらいいだけだ。」
 朔夜はふわりと微笑み、再び教科書とノートに向き合った。唯は、窓の外を未練がましく見やると、
朔夜と共に肩を並べて、課題に取り組んだのだった。
 時折、唯が朔夜に分からないところを質問しつつ、思いの外、スムーズに課題は消化していくことが
出来た。

 約一時間半くらい経った頃――。
「あーっ、終わった~!!」
 唯が右腕を上げて、ぐーっと伸びをした。
「とりあえず、今日はここまで。君もよく頑張ったな。」
「へへ、朔夜、教え方上手いから、すっごく分かりやすかった!学校の先生とか向いているんじゃ
 ない?」

 無邪気に笑う唯から、そっと目を逸らし、朔夜は呟いた。
「……いや、俺はそういうのは向かない。」
 どこか、自ら壁を作りがちな朔夜を、唯は放っておけない。
「ねぇ、朔夜、この後、行きたいところがあるの!」
 唯は唐突に朔夜に提案を持ち掛ける。
「……行きたいところ……って、君はこの後、バイオリンを弾くつもりじゃなかったのか……!?」
「うーん……今、私の予定が変わったかな!?」
「……行きたくない、って言っても、君は聞かないんだろう?」
 はぁ、っと大きな溜息を朔夜はついて、半ば呆れ気味ではあったが、今までにも何度も唯には
振り回されているわけで。やれやれ、と思いつつも、そんなふうに、唯に振り回されている時間も、
嫌いではないのだ。
「やった!あのね、今度、カフェで、季節限定メニューが出たの。そのドリンクとかデザートとか
 あるの。朔夜も一緒に行こう!朔夜と一緒なら、二倍楽しい!」

 はしゃぐ唯を見ていると、朔夜は乗り気でなかったにせよ、こんなふうに笑ってくれるのなら……
と思ってしまう。
「じゃあ、今日は付き合うよ。でも……」
 朔夜は唯の肩に手を掛け、そして、すっとノートで自分と唯の顔を隠した。
「――!?」
「……君にだけ、振り回されるのもどうかと思うから。」
 そっと囁くと、不意に唯の唇に軽くキスを落とした。
 ぼーっと放心状態の唯をよそに、何事もなかったように、身支度を始めた。
(えぇ~っ!?……あの朔夜が……!?朔夜からのキス……!?)
 唇を抑え、真っ赤になって俯いたまんまの唯に、朔夜は声を掛ける。
「……ほら、行くんだろう?店、閉まってしまうぞ?」
 唯はまだ魔法に掛かってしまったかのように、ぼーっとして、朔夜の制服の裾を掴む。
「――もうっ……朔夜って、そういうとこズルい!」
 真っ赤になって、睨む姿もまた可愛くて、朔夜は微笑んだ。

 こんな幸せな時間は、君と一緒でなければ、知らなかった。
 君がいなければ、音楽にまた向き合うこともなかった。君が煌めかせ、響かせる音色は、きっと
君自身の輝きがあるからなのだろう。
 君の隣にいられて、君に振り回されている笑っていられる自分が、案外心地いい。これからも、
君の支えとなれるように……寄り添えるように……。


朔唯Webオンリー【あさよるふいるむ💙💛📸】にて公開した作品。
朔唯の朔夜くんは、振り回されるだけじゃなくて、抑えるべきところは、きちんと男らしくキメてほしい
と切実に思って。ちょっとだけでも強引な朔夜くんが見たかったのでした。
2022年5月29日完成、2023年11月5日サイト掲載)