彼女は……きっと僕のささやかな願いになんて、気付かない――。
ううん……気付かなくていい。きっと、これは僕の我儘だから。
*******
12月24日のクリスマス・イブ……聖なる夜ではあるけれども、同時に、今をときめくトップアイドル・
Re:valeの千の誕生日でもある。もちろん、お祭好きな彼らのこと、とあるお店を貸し切って、夕方から
集まり、いつも番組でも一緒になるアイドリッシュセブン、TRIGGERといった後輩たちと共に、わいわい
パーティーを始める予定にしている。
紡も例に漏れず、他のグループのマネージャーと共に、参加をする予定である。しかしながら、紡は
その前に、某テレビ局に立ち寄る用事があった。それは、次の番組に関する資料を受け取りに番組の
関係者と会う約束をしていたからだ。誕生日のパーティーに、時間があるとはいえ、自分がプロデュース
するアイドリッシュセブンの大先輩に当たる方の誕生日だ。
(早く、会場に向かわないと……!)
紡は番組関係者の待つ会議室に向かい、資料を受け取ると、足早にテレビ局を後にした。
クリスマスのこの時期、街はあちこちイルミネーションで彩られ、いつも以上に華やかになる。
ここの最近の流行としては、イルミネーションとはいえ、LEDを使った青い電飾のものが、特に人気が
ある。青い光を発明するまでの間には、開発者の苦難の歴史があるが、この神秘的で美しい青い光は、
あっという間に身近なものとなり、人々の日常に溶け込んでいった。
紡が歩いている通りにも、青い光をベースにしたイルミネーションが、冬の街を神秘的に照らし出す。
(綺麗……でも……立ち止まっている時間はないな……。)
紡は一瞬だけ立ち止まり、手袋をしているとはいえ、寒さで凍える手を摺り合わせた。
「マネ子ちゃん……。」
聞き覚えのある声に、そして、紛れもなく……この呼び方をするのは――。
「千さん……!?」
まさか、こんなところに、「本日の主役」がいるとは、どうしたことだろう。驚いて当たり前だ。
「マネ子ちゃん、『どうしてここに!?』って思ったでしょう?……ククッ……顔に書いてあるよ。」
「千さん、わ……笑わないで下さい……!」
口元を抑え、声を押し殺して笑う千に、紡は抵抗した。
「テレビ局、寄っていたんでしょう?」
「――どうして、御存知なんですか?」
紡が大きな瞳をますます見開いて、千を見上げた。くすり、と笑うと――。
「大和くんから、連絡をもらってね。この時期、危ないから、合流出来たら一緒に来て、って。
大和くん、一緒に共演するドラマの件で、僕だけが同じ局に向かうこと、知っていたから。」
「そうだったんですね!」
「それにしても、マネ子ちゃん……随分、大和くんに可愛がられてるね。いつも、僕からラビチャ
しても、必要最低限の塩対応なのに。」
千は少し寂しそうに目を伏せ、空を仰いだ。一瞬靡いた長い髪、端正な横顔……彼の存在そのものが、
絵画的だった。真摯に音楽を愛し、生み出す一つ一つの音に拘り続け、アイドルとして走り続ける彼の
後姿が、刹那、目に焼き付いた。
「大和さんだって、千さんのこと、尊敬していると思いますよ。ただ……照れ臭いんですよ。」
ふふっ、っと今度は紡が笑った。紡の陽だまりのような笑顔が、千の心を癒す。
「千さん、あなたには、今はたくさんの仲間がいます。私も、いつだってのお二人のこと、先輩として
尊敬していますよ。さぁ……皆さん、千さんのこと、待っていますよ。行きましょう――。」
紡がスタスタと、再び歩き始めたその時だった。不意に、後ろから身動きを拘束された。
「――……!?」
さらさらと、自分より長い髪が、紡の視界に入る。一瞬、何が起こったか分からず、身を強張らせる
しか出来なかった。
「マネ子ちゃん……いや……紡ちゃん、ちょっとだけ、じっとしてて。」
甘い声で耳元で囁く。まるで、彼に絶対服従させられる媚薬でも飲まされたかのように、身動きが
出来ない。
「は……はい……。」
冬の寒さのせいなのか、それとも彼に抱き締められているせいなのか……紡は耳元まで真っ赤に
なって、震えている。
すっと、後ろから目の前に、一粒のダイヤのネックレスが目に入った。そして、そのネックレスは、
そのまま紡の首元に、きらりと輝きを放った。、
「ふふっ……もう、大丈夫だよ。」
「――千さん――これ……!」
慌てふためいている紡を尻目に、千は本音をはぐらかすように、紡に質問をけしかける。
「ん――君、案外おっぱい大きいよね。着痩せするタイプ?」
「もう……千さんのエッチ!さっさと行きますよ!」
先程のことも合わさって、紡は嬉しいやら恥ずかしいやらで、千を置いて歩いて行ってしまう。
「あぁ、待ってよ、マネ子ちゃん!」
前を歩いていた紡が、突然立ち止まった。
「名前……。」
「え……?」
「名前で呼んでくださったの、嬉しかった……。」
紡が肩を震わせているのを、千はそっと優しく抱いた。
「大好きだよ、紡ちゃん。……そうね。名前を呼ぶ、ってことは、それぞれの存在に魂が宿るものね。」
「千さん……。」
二人だけの時間を惜しみながらも、肩を並べて、みんなの待つ場所へと向かった。
イルミネーションが、二人のこれからの未来を照らすように、冬の街に美しく清々しく輝いていた。
*******
音の一つ一つに名前があって、様々に絡み合って、音楽を生み出していく。
音楽というのは、人と人との関わり合いに似ていて、一つだけでも不協和音が生じてしまうと、心の
琴線に触れることは出来ない。その音を探して、孤独と向き合って、尚更苦しむことになる。
けれど……僕は今、モモに出会って、そしてバンと再会して、多くの後輩たちを通して、人との繋がり
の中で、僕の音楽も変わっていった。
命を削って、音を生み出し、向き合うことのだけではなく、支えてくれる人たちのありがたさを
知って、返したいと願った。音楽は……歌は願いに等しい。
どうか……僕の曲が、ささやかでもいい。誰かの幸せの糧となるように……。
|