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「お疲れ様です。今日はありがとうございました。」 天はスタッフに挨拶を済ませると、スタジオを後にした。楽屋に戻ると、溜息をつき、ソファーに 腰掛けた。今日は、雑誌のグラビア撮影に単独で呼ばれていた。 電源を落としていたスマホを立ち上げ、ラビチャをチェックすると、意外な人物から、連絡が届いて いた。天は、何事かと思い、チェックをすると――。 (なるほどね……。わざわざ、御丁寧に教えて下さったのか……。) 天はラビチャを返信すると、また、新たに別の人物へとラビチャを送った。 ******* 天が自分のマンションに戻って、しばらくしてから、恋人である紡が訪れた。玄関まで出迎えると、紡がにっこりと微笑んだ。 「お疲れ様です、天さん。撮影は、うまくいきましたか?」 「スムーズに終わったよ。少し、待ち時間が長かったから、疲れたけれどね。」 「急な呼び出しでしたので、少し驚きました。何かありましたか?」 紡が不思議そうに首を傾げる。 「――何?何かないと、キミを呼び出しちゃいけないの?」 天が一瞬怪訝な顔をしたけれど、すぐにその表情も和らぐ。 「とりあえず、上がって。」 部屋に上がるように進め、紡は天の後ろを着いて行った。 リビングに入ると、ソファーに座るように促され、天もその隣に座った。 「今日、キミを呼び出したのは、これだよ。」 天はローテーブルには、何かの上に白い布を被せてあった。 「……?」 きょとんとした紡の表情を見て、天はくすりと笑った。天は、被せていた布を取ると、そこに現れた のは、朱塗りの漆器が二つと小さな小瓶に入った日本酒。漆器には、菊の花が散りばめられている。 「天さん……私と日本酒が飲みたかったのですか……?」 まだ、天の考えを把握し兼ねている紡が、おずおずと天を見つめる。大きく揺れた瞳が、天の真意を 探るかのように……。 「半分当たっているけど、半分はハズレだよ。」 天は日本酒を開けて、漆器に注ぐ。黄色い菊の花が、透明な酒に浮かんで、とても美しい。菊の花の 芳香と爽やかな日本酒の香りが、鼻をくすぐる。 「今日ね、久しぶりに、以前お世話になった華道の先生から、連絡があったんだ。」 「お仕事体験の時の先生ですか……?」 「そう。今日、9月9日は『重陽』って言って、菊の花をお酒に浮かべて、長寿を願う日だって教えて くれたんだ。『菊の節句』とも言うらしいね。だから、いつも頑張っているキミと一緒に……キミの 健康を願って、用意してみた、ってわけ。」 天は酒が入った盃を、紡の前にすっと差し出した。 「ありがとうございます……!天さんが健康を願ってくれたら、絶対に叶いますね!」 紡はとても嬉しそうに、微笑んだ。 「では……私は、天さんの健康を願って、そして、これからも元気に活躍して頂けることを 願って……。」 二人はすっと盃を掲げると、ほぼ同時に呟いた。 「頂きます。」 「頂きます。」 お互いの健康を願って、お互いの未来を願って、二人は菊花酒を飲み干した。 「あの……天さん……。」 紡がちらりと天の方に視線を見やったが、すぐに逸らしてしまった。お酒のせいなのか、少しだけ頬や 唇に紅を敷いたかのように……。 「どうかしたの……?」 天はそんな紡の髪先を少し弄り出しながら、紡の言の葉を待つ。 「あの……その……。」 紡は耳まで真っ赤にして、俯いてしまう。何か言い出そうと、意を決しているかのようだ。 「キミがそんなに言い淀むなんて、珍しいね。」 そっと紡の肩を抱いた。紡が震えているのが分かる。 「……その……三三九度みたいだな……って……。」 「……――!?」 ぽつりと呟いた言葉に、天もはっとして顔を赤らめる。 三三九度は神前結婚で行われる、夫婦としては初めての儀式である。これからの未来を誓うためにも、 重要な儀式である。 顔を真っ赤にして泣き出しそうな紡は、やっとのことで、言葉を搾り出す。 共にあれる未来が、これから先あるかどうかなんて分からない。トップアイドルであるTRIGGERの 九条天と、ライバル事務所のマネージャーの未来なんて、玻璃の城郭のように脆い。 それでも……共に傍にいられることを願った紡が、天は愛おしくて仕方なかった。 「じゃあ……ボクのお嫁さんになってみる?」 天は紡の頭を胸に抱いて囁いた。紡の柔らかい髪を、優しく指で梳く。 「そうですね……。いつか、天さんのお嫁さんになれたらいいな……なんて……。」 「ちょっと……それ、反則。可愛すぎなんだけど……。」 ぎゅっと紡を抱き締めると、紡もそれに応えるかのように、天の背中に腕を回した。 秋の優しい月の光のように、穏やかで静かな時間が流れた。 |
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ここまで読んで下さって、ありがとうございました! 本当は、昨日の9月9日の「重陽の節句」に上げたかったお話ですが、イラスト🎨🖼 を描いて、昨日は 終わってしまいました……🥹可愛いお話にしたかったので、書けて満足です、個人的には。 企画「絶対に被ってはいけない九条天」という【Twitter】の企画で、「お仕事」のカードの天くんを 描くと決めた時に、「9月9日だったら『重陽』だから、イラスト🎨🖼は絶対に菊の花を描こう。」と 決めていたし、菊花酒の話も書こうと思い浮かんで、今回執筆に至りました。 菊の気高い香りと、日本酒🍶の清々しい香りは、個人的にも好きなので😊(あまり飲めないけど。) 完全に趣味に走ったお話ですが、少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。 (2018年9月10日完成) |