見られなかった世界を今……ようやく共有出来たのかもしれない。

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 今をときめくアイドル・TRIGGERの九条天の結婚会見はあまりにも衝撃で、世間を騒然とさせた。天は
あくまで一人で記者会見に臨み、頑なに紡を表舞台に出すことを拒んだ。
 祝福の声で溢れると共に、現代の天使とも呼ばれる天を射止めた女性はどのような人物なのだろうと、
世間を騒がせた。
 結婚式も身内と親しい者のみで行い、一切マスコミへの情報はシャットアウトした。
 それは、紡自身を守るためでもあり、更には天自身が、これから先も、芸能界で生き残っていくための
手段として、当然であった。

 そして、時が流れ、紡は天との間に小さな命を授かり、無事に宿った命を、この世に産み落とした。
 小さな命は、紡にも天にもどちらにも似ている女の子だった。
 出産した病院から紡が退院し、初めて新しい命を迎え入れた日――。天はその日は、オフを取り、
自宅に待機していた。病院に迎えに行きたい気持ちは山々だったが、自分が変装をしていたとはいえ、
身バレする可能性を考え、人目を避けるためであった。
 ただ……今か今かと、紡と新しい家族になる自分の子供が戻って来るのを、とても楽しみにしていた。
自分がどうすべきなのか……思いを巡らせ、そわそわと落ち着かない。気を落ち着かせようとリビングの
ソファーに腰を掛けるも、落ち着くどころか、居た堪れなくなって、部屋の中をうろうろとブツブツ呟き
ながら、行ったり来たり。
「はぁ……。」
 天は溜息をついた。
(自分なんかよりも、妻であり、母親となる紡の方が、きっとこれから何倍も大変だろうに――。)

――その時……。

ピンポーン……

 静かな部屋にインターフォンが鳴り響いた。きっと、紡が帰って来たに違いない。天はインターフォン
に出ると、柔らかい声が耳に飛び込んで来た。
「ただいま、天さん。」
「お帰り、紡。」
 天は鍵を開け、玄関の扉を開けて、紡と新しい命を迎え入れた。自分の子供をしっかりと抱えた紡を
労うように、そして、包み込むように、部屋の中へ入るように促した。そして、リビングのソファーへ
紡を座らせた。
「ねぇ……天さん、私、最近気が付いたことがあるんです。」
 紡は赤ん坊を抱えながら、そして、生まれて来た命を慈しむかのように眺めながら、呟いた。
 生まれて来た赤ん坊はとても小さくて、でも、紡の腕の中が気持ちいいのか、すやすやと眠っていた。
「……どうかしたの……?」
 天も紡の隣に腰掛けて、子供の顔を覗き込む。
「ふふっ……とっても気持ち良さそうに、眠っていますね。」
「そうだね。子供って、寝るのが仕事だからね。」
 穏やかに、そして自然と微笑みが零れる。
「私、幼い頃に母を亡くしたって……話をしたと思うんですけど……。」
「うん……。」
「母が見て来た景色を、こうして、私も見られて幸せだな……って。きっと、母が私を育ててくれた時
 も、きっとこうやって……不安と希望を胸にして……。でも、自分が赤ちゃんの時には見られなかった
 ……感じられることが来なかったことを、今、こうして感じ取ることが出来る。きっと、母も、こんな
 感じで、大切に育ててくれたのかな……って……そう……思って……。」

 話をする紡の瞳から、ぽろぽろと大きな雫が零れた。
「――紡……。」
 天はそっと紡の背中を抱いた。
自分が母親になったことで、自分の母のことを思い出していたのか……。)
 そして、片方の手で、紡の手をそっと握った。
「ボクは、君と出会えてよかったし……キミのお母さんには、感謝しないといけないね。こんなに愛しい
 キミと、そして今日からはこんなに可愛い天使を遣わせてくれてありがとう、って。」

「ふふっ、天さんの方が、よっぽど天使みたいなのに。」
 紡は涙を拭きながら、微笑んだ。
「ねぇ……これからは、もっとキミの過去も、そしてこれからのことも、もっとたくさん話をしよう。
 キミがお母さんのことを思い出して泣きたくなる日も、これから来るべき未来も、ボクはキミを
 支えたい。だから、もっとボクのこと頼ってよ。まだまだ、父親としては完璧じゃないんだけどさ。」

「完璧じゃないのは、私も一緒です。だから……これから、お互いに埋め合わせていけばいいじゃない
 ですか。天さんも、もっと頼って下さいね。一人じゃないですから。」

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 そうやって微笑む彼女に、何度励まされたことだろう。きっと、キミはボクの知らないところで、
たくさん悲しい思いをして、そして、それを乗り越えて来たからこそ、優しくて、人を癒せるのだろう。
ボクの前くらいでは、もっと頼ってほしいのに、またキミは、そうやってボクを甘やかそうとする。
そんな優しいキミだからこそ、ボクはこの家族を守っていきたい。

……陸を傷付けてしまったように……遠回りなやり方ではなくて、ちゃんと……キミを――。


今より少し未来の話。天紡、結婚してます。子供が出来ました。生まれました。そこからの話です。
正直なところ、自分の中で、二次創作で公式に子供がいないのに、子供を出す話は個人的には避けて
通って来た道なのですが、どうしても描きたかった部分があったので。
あまり、いちゃいちゃ💕はしていませんが、描きたかったのは、今回はそこではないので。
短いし、前半淡々と進んでいるので、あまり面白みはないかと思いますが、少しでも楽しんで頂ければ
幸いです。
(2018年8月4日完成)